2011年03月31日
大層な題名ですね(笑)
昔の人は「なぜ人は死ぬのか?」
または、「なぜ人は死ぬために産まれてくるのか?」が最大の問題であったのではないか?
しかーし、現代の何時からかはそれは例えば重い病や予期せぬ事故での死を除けば、生きることの問題のかなり重要なテーマが「愛すること、愛されること」ではないか?
ここで、この問題について掘り下げて思考することは有識者におまかせするとして、私が注視したいのはこの言葉の順番についてであります。
神経症者は常に「だれも私のことをわかってくれない」と感じているそうです。
すなわち、注目をあびること。
話題の中心に常に自分がいること。
要は愛されることばかりを考えている。
と、同時に愛する能力の欠如が存在するとのこと。
幼児的愛情飢餓感の強さ故ですね。
あっ、そうそう。
先述にあります、「・・そうです」の表現は意識して使ってみました。
他人事となりつつありますので(笑)
最近、リサイクルショップ通いに凝っております。
掘り出し物~までいかなくとも欲しいものは沢山あります。
これは先週に行った伊勢志摩にての買い物です。
700円也
やや遅れの傾向あり・・気にしなーい。
正確な時間を期待するものではありませんからね。

では、明日夜の題名は ゛出撃準備゛でーす。
掘り出し物~までいかなくとも欲しいものは沢山あります。
これは先週に行った伊勢志摩にての買い物です。
700円也
やや遅れの傾向あり・・気にしなーい。
正確な時間を期待するものではありませんからね。

では、明日夜の題名は ゛出撃準備゛でーす。
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